昨日「
東京都写真美術館」で開催されている
「世界報道写真50周年記念展:絶望と希望の半世紀」を見てきました。
展示構成は
1955~64「雑誌がビッグだったころ」
1965~74「ベトナム戦争の時代」
1975~84「ヒーローとアンチヒーロー」
1985~94「新しい世界秩序」
1995~2005「報道アーティストの出現」
となっており、『パリ・マッチ』『タイム』『ライフ』等のヴィンテージプリントも
展示されていました。
1955年(昭和30年)というと、日本では有史以来の好景気といわれた
「神武景気」が始まり、「もはや戦後ではない」なんて言われた頃だけど、
その時から今まで、世界という視点で見れば、争いや戦いは絶えず続いていて、
たくさんの血が流されたことを目の当たりにしました。
先の大戦時の記録というのは今までにもたくさん目にしたけれど、
やはり「歴史上の事実」であることとしか受け止められないところがあり、
この50年のうちの半分以上は生きている私にとっては、
大戦時の写真の展示を見るよりもとてもリアルで、
「あ、これもあった、これもあった」と自分の記憶から思い出せることが
何だか不思議な感覚でした。
過去ではなく、まだ今であるということ。
戦争や紛争が続いている国に住んでいる私と同年代の人にとっては
人生の大半が悲しみに埋められているのかもしれないと思うと
やっぱりこれは過去のことではないんだよなぁと思うのです。
つい最近もテロの未遂があったり、多くの人が命を落とすような危険は
まだまだ引き続き私たちの生活に迫ってきているわけで。
でも天災はともかく、戦争とか紛争とかテロとか、人が人を殺める行為は
人が終わらせることができるはずなのに、なんで終わらないのだろうかと思うけど、
島国で平和ボケしてる私に、その根の深いところまで、理解が及ぶ訳もなく。
「知らないということは罪である」とよく大学のゼミ教授に言われました。
せめて知ることだけでも。
こういう報道写真が記録されているわけだから、
事実を知ることだけは疎かにしないようにと思うのでした。