母は昔から、夏になると、祖父が中国で買ってきた白檀の扇子を使っていました。
レースのような細工に香る白檀の芳香。
子供ながらに女性らしく、美しいなぁと思っていました。
そんな素敵な扇子をもつ母に憧れていました。
日本の夏はとにかく蒸し暑いし、何も構いたくなくなるようなうっとおしさがありますが、
昔の女性は紗や絽の着物を着て、楚々と涼しげに振舞っていたことを思うと
やはり気の持ちよう。うっとおしい夏も涼しげ居たいものだと痛感します。
5年ほど前に母と上海を訪れたとき、足を伸ばして蘇州に行きました。
Ann Sallyのアルバムにも収録されているあの「蘇州夜曲」の蘇州です。
上海から特快・快速旅客列車で約1時間。
多少は理解できる漢字を頼りに、何とか切符を買い、列車に乗り込みましたが、
空港とは違い、英語の表記などはほとんどない列車の駅というのはとても不安なものでした。
蘇州の駅に着いてからは、駅の近くにあったレンタサイクルのお店で自転車を借り、
(これも身振り手振りと英語を交えての危うい交渉を経て…)
東洋のベニスといわれる街並みを、自転車で爽快に見て回ったのでした。
この蘇州は中国扇子の産地であったので、念願の白檀の扇子を手に入れるため、
母が事前に調べてくれた店を探しに、自転車を走らせました。
着いた店は工場と併設されていて、細工の柄、大きさなどの種類がとても豊富で、
また日本のデパートの価格とは比べ物にならないくらいでしたので、
私は興奮を抑えきれずに、一つ一つを手に取り、吟味に吟味を重ねました。
迷いながら母と共に2つを選び帰路に着きました。
この扇子は白檀の香りや、美しい細工が気に入っているのももちろんのこと、
母と2人で行った蘇州の思い出も詰まっている思い入れのある一品となりました。
そしてこれを入れているケースは父から今年贈られたものです。
去年か一昨年か、母とLOEWE で見たものなのですが、
その時は素敵だなぁと思いながらもそのままにして、
また今度、なんて思っていたら、その後店頭で見ることは一度もなく…
聞けばもう廃番になってしまったとのことでした。
それを知った父が全国の在庫をお店に聞いてくれた結果、
たった一つ残っていたものだったそうです。
今年3月、金沢にしばらく滞在した折、ちょうどホワイトデーがあって、
私は気持ち程度のチョコレートしか渡さなかったのに、
やっとの思いで手に入れたこのお扇子入れをお返しに渡してくれたのでした。
もう、びっくり。相当なサプライズでした。
白地に薄いグレーのロゴがとても涼しげで、この季節にはぴったり。
中は茶色の革地なので、扇子との相性も絶妙です。
自分が昔憧れた母の年齢を超えようとしている今、
身のこなしや持ち物などを研ぎ澄ましていって
素敵な女性に近づきたいなぁと思っています。
麻の日傘や白檀の扇子は、他の季節より和の要素が強く、
日本女性の美への意識を感じさせるように思うので、
私にとってそれを持つことは理想に近づくための
初めの一歩、というところです。
道のりはかなり長いけどね。